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バンダアチェでの医療救援活動とその周辺の巻

Jeremy.jpg インドネシアのバンダアチェから、年に数回は会って交流を深めている友人が、医療救援活動を無事に終えて昨日の午後に帰ってきた。 

 バンダアチェは、市民15万人のうち3分の2が死亡し、これまで各地で確認された中で最も高い約35メートルの津波が押し寄せるなど、今回のスマトラ島沖地震津波でも最も被害の大きかった所とされる。 約1ヶ月が経過した現在でも、マグニチュード5.6から6の余震が計14回も続くなど、壊滅された人家や田畑含め復興の兆しはまだまだ遠い。

 そんなバンダアチェにおける復興活動の混乱に拍車をかけているのが、インドネシア政府とナングロアチェ州の独立派武装組織である自由アチェ運動(GAM)との長年に渡る確執である。 かつてはアジアにおける国民統合の優等生とまでいわれたインドネシアであるが、1998年のスハルト体制崩壊後は、国内各地で様々な武力紛争・社会紛争が生じている。 中でもこのアチェは特に混乱が激しく、その理由として、アチェの歴史的な位置づけ、スハルト時代のインドネシア国軍によるアチェ住民への人権侵害、アチェの経済的遅れなどがある。 特に1999年以降はこの争いが激化し、民間人にも多数の犠牲者を出し、現在も民事戒厳令下にある。

 友人もいざ救援に向かうに当たって、この国軍とGAMとの混乱が医師団の安全保障上からも非常に気になると話していたのを思い出す。 しかしながら、昨年12月26日の被災後、双方は和平交渉再開への意欲を表明をするとともに、救助活動を考慮してか今のところ大規模な衝突は報告されていない。 また今後の被災者への援助活動を円滑にするため、国軍とGAMは、インドネシア政府側代表団として、前国軍司令官のウィドド調整相(政治・治安担当)、アワルディン法務・人権相等、GAM側はスウェーデン亡命中のマリク・マフムド「首相」等の参加により、今月28から30日までフィンランドの首都ヘルシンキで正式な停戦合意などを話し合う和平交渉が開始される予定である。

 もちろん、これが即アチェでの混乱収束へと向かうかというとそうともいえず、インドネシア政府は現在もアチェ独立はあくまで拒否する方針を堅持しており、和平交渉は被災地復興のための暫定的な停戦合意にとどまるとの見方が強い。

 ちなみにアチェは民族的にも複雑な構成で成り立っており、アチェ系(50.3%。バンダ・アチェ周辺、北海岸、西南海岸北部)、ジャワ系(15.9%、州内各地)、ガヨ系(11.5%、内陸部)、シムル系(2.5%、シムル島)、華人系(都市部)を主な構成としている。 これらの人々は、民族ごとに異なる言語を持ち、標準語として普及するマレー語を話す住民の割合は約70%である。 また住民の97%以上がイスラム教徒でもある。

 このように津波被害復興への道は険しいアチェではあるが、友人が一医師としてこういう活動を通し、被災地の人々の為に何かできることからでも協力しているのをメールなどを通して知るにつれ、自分はいったい何をできるのだろうかと常に考えさせらずにはいれない。 ちなみにこの友人は、つい先ごろもアフガニスタン入りして、現地で子供達の為に約1ヶ月ほど医療援助活動を行ってきたばかりである。

友人が参加した医療援助団体についてはこちらから。
スマトラ島沖地震津波関連情報はこちらから。
アチェに襲い掛かった津波の衛星映像はこちらから。
アチェの津波と今後の混乱についての記事はこちらから。

photo © In His Image Family Medicine Residency

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コメント (4)

TBありがとうございました。またご友人の活動のことなどについて是非教えてください。コメント、遅くなってすみません。

sushi:

  ダイスケ@国際協力・NGO情報ブログさんへ

 彼はシカゴの医学部を出た自分の親友で、なんといっても敬虔なクリスチャンであるということが彼の人生を決定付けています。 ただクリスチャンとはいっても宗教の違う人にでも寛大で、医師としてできることがあれば世界中何処へでも飛んでいってしまう男です。

 これまでにコスタリカ、メキシコ、アフガン、そして今回のバンダアチェと、すべてボランティア医師として現地入りして医療活動に関わっています。 特にこういった地域での子供達の姿を見るにつれ、自分にできることは限られているが、それでもできる限りのことはするというのが信念のようです。

TB&コメント、ありがとうございました!
実際に現地へ行ってこういった活動をされている方の話を聞くと、テレビなどではわからない状況が見えてきますよね。

そういった意味でも、ネットだからこそ出来ることもあるかもしれない、と思うこのごろです。

また今後の活動の様子などもぜひお知らせください。

こちらへリンク貼らせていただきたいと思いますので
よろしくお願いします

sushi:

  asukaさんへ

 テレビなどはどうしてもスポンサーやその他との社会的な兼ね合いもあり、どうしても偏った報道になりかねないですが、個人のブロガーがどんどん増えていけば、これからもっともっとソースに関しても多様性が出てきそうですね。

 こちらこそよろしくお願いします。

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2005年01月29日 08:40に投稿されたエントリーのページです。

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