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アル・カポネとバレンタインデーの巻

capone.jpg バレンタインデーである。 それに関連してチョコレートの話題も紹介してきたが、シカゴでバレンタインデーといえばやはりこの人、アル・カポネと彼が後幕だといわれる聖バレンタインデーの虐殺(別名:血のバレンタイン)を忘れてはならない。 彼は悪役とはいえ、今でも立派なこの街の観光資源なのだから。 

 1929年聖バレンタインが殉教した日である2月14日の午前10時30分頃、「密造酒を安く売りたい」という情報を得た、アル・カポネのライバルであるノースサイド団オパニオン一家の幹部6名は、ノースクラーク・ストリート2122の倉庫に集まって盗品のウイスキーを運ぶトラックの到着を待っていた。 そこへシカゴ警察が使用していたのと同型の黒いキャデラックが一台乗りつける。 もちろんこの警察官は、密造酒の取り締まりを装った偽警官だったのだが、そんなことを知らない6名は壁際に1列に立たされた後、マシンガンで惨殺された。 

 これほど大胆な行動に踏み切れることができるのは、アル・カポネしかいないのは誰の目にも明らかではあったが、同日のアル・カポネはフロリダで地元の司法関係者のトップと面会中であり、その後の友人宅でのバレンタインデー・パーティ参加者の中にも、アル・カポネのアリバイについて異議を申し立てることができるほどの人物がいるわけはなかった・・・。 加えて当時のシカゴ警察の60%が、カポネの息がかかった状態であったといわれるのだから、アル・カポネを逮捕できる警察機能が存在していたとは思えないことも事実である。 この事件を機にアル・カポネは暗黒街の帝王としての地位を揺るぎなきものとし、それに対抗するように1929年司法省長官は、エリオット・ネスをリーダーとした精鋭9人のアンタッチャブル(マフィアが買収できない組織)を組織することになる。

 聖バレンタインデーの虐殺事件後、数時間息があった最後の生き残りフランク・グーゼンバーグは、十四発の弾丸が撃ち込まれていたにも関わらず、警察に誰に撃たれたかと聞かれると、「誰にも撃たれてはいない」と答えたという。 シカゴ・マフィアの血の掟は、旧日本帝国軍のように恐ろしく固い。

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2005年02月15日 10:55に投稿されたエントリーのページです。

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