エルジンと時計とギャンブルとの巻

elgin.jpg エルジンというちょっと変わった町が、ダウンタウンからハイウェイを西へ1時間ほど走った所にある。 何が変わっているかというと、訪れてみれば一見してわかるイリノイらしくない丘が連なる地形のユニークさと、その真ん中を流れるフォックスリバー。 年代を感じさせる古風な家並みが連なるダウンタウンにとは不似合いな、川に浮かぶ大きくて新しい外輪汽船。 「いったいこの町は何なんだ?」という感覚が、初めて訪れたものにすら感じとれる空気がそこには流れているのだ。
 「じゃあいったい何なのだ?」なのであるが、実はこの町はかつてイリノイ州でも有数の隆盛を極めた町で、ダウンタウンの真ん中には路面電車が走っていたほど。 その栄華の源流は、1835年にこの町にやって来たJames T.Hezekiah Gifford,、そしてSamuel Jewett Kimballという3人の男達が、この地をエルジンと名付けたことから始まる。
 町の生い立ちこそスコットランド系の人々も多かったが、やがて住民の90%以上がドイツ系とまで言われるほどのドイツ人の町となる。 彼らの真面目で律儀な性格や、故郷のドイツで営んできた農業や精密機械の技術を生かして、やがてミルクやチーズなどの酪農品時計の一大産地として知られるように。 特に時計に関しては、クラシックな懐中時計ファンなどには知られているところだが、エルジンといえば時計といわれるほどになり、今でもその名残で町の中心部には、かつての第一工場跡地へと続くwatch stと呼ばれる通りがある。
 時計産業を中心にその名を知られたエルジンだが、1980年代に入り急増した黒人層ヒスパニック層によるマフィアの縄張り争いから、車上から拳銃を打ち合いつつ走行するというような過激な抗争を繰り広げ、町は荒廃の一途を辿ることになる。
 90年代に入りシカゴのサバーブス(郊外)が広がるにつれて、このエルジンにも復興の兆しが見え始める。 まずは日系の企業をはじめとする工場の誘致と、フォックスリバーに浮かぶ巨大な汽船型のカジノを中心として徐々に町の経済状態は回復しつつあるようだ。 
 こんな栄華と衰退、そして復興という姿を、時代ごとに町の各地に残すエルジンは、少なからず興味深い町である。
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