バッドランズ国立公園は西部への扉の巻

yellowstone007.jpg 嫌というほど見続けてきた単調な大平原の景色の奥に、やがて遠くに霞んで見える程度ではあるが、峻険な山々の姿が目に入ってきだす。 その山々が見えてくれば中西部に終わりを告げ、ロッキー山脈系が広がる西部の領域ももうすぐそこまで来ているのだというサインである。 
 そしてその山岳地帯に入る直前に、この見渡す限りの大平原が突然大きく咆哮をあげているような、大地の底へ落ち込む巨大な亀裂が現れるのだ。 そうそれが景観奇観が連なる国立公園地帯のはじまりを告げるバッドランズ国立公園だ。
 1939年に国定公園に、そして1978年に国立公園に指定されたこのナショナルパークは、年間を通して約100万人もの訪問者が訪れるという、意外にも有名な観光地なのである。 
 ただし意外にもと言ったのは、何もこのナショナルパークが全然訪れるに値しないということではなくて、同じキャニオン系のナショナルパークとしては、余りにも有名なグランドキャニオンの名に隠れてしまって日本人の間ではほとんど知られていないだろうと思われたからである。
 特にこのナショナルパークの東にどこまでも広がる大草原地帯を抜けてきたドライバー達にとっては、この雄大なバッドランズの景色が格別に感銘を呼ぶものになることは間違いない。 
 私の場合にはこれまでに2回ほどグランドキャニオンを訪れているのだが、規模でいくと遥かに劣るこのバッドランズのほうが心の底から沸いてくる「うわ~・・・」という壮大な感動で満たしてくれた。 その理由として、ここまでにドライブしてきた単調な大草原の景色が作用していることは間違いないだろう。 
 いわば通称グランドサークルと呼ばれる国立公園密集地帯ドライブのなかで訪れたグランドキャニオンが、シカゴで日々起こる大事件の中でも格別な事件だったというのと同じような驚きだったとすれば、こちらの中西部ドライブの後のバッドランズは、隣の牧場の納屋でボヤがあっただけでもローカル紙のトップを飾る大事件というような町で、ある朝起きたら牧場の牛が100頭忽然と姿を消していたというくらいの青天の霹靂度があるのだ・・・、ってちょっと言い過ぎかもしれないが、とにかくそれくらいにあの景色の中を駆け抜けてきた人間にとっては衝撃度は大きい。
 そしてその驚きは、かつて開拓時代にアメリカンドリームを求めてこの大地を東から西へと移動して行った多くの開拓者達や、追い立てられつつ死の行進を続けたインディアン達にも、望郷の念と共に新しい大地への扉として刻まれたのではないだろうか。
 ちなみにアメリカのナショナルパークの場合には、いかにもアメリカらしいとでもいうか日本のそれとはまったく違って、崖の上や毒蛇が住んでいる地域などかなり危険度が高い場所でも柵とかいうものがなくて、どんどん入っていけてしまうところが多い。 
 そういうわけで、やっぱりここでもこんな風に崖の上で写真を撮影しているアメリカ人家族がいたが、当然のように危ない・・・。 というかこの手の事故で、ここでもグランドキャニオンでも毎年10人を下らない転落死亡者がでているのだ。 う~ん、さすがは自由の国アメリカ、自己責任も徹底しているのだ。
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