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またまたアンデスへの巻

peru262.jpgアレキパからアンデスへ再び入る。この辺りの山の標高は非常に高く、荒野には人の気配はまったくない。

peru263.jpg民家は道路沿いからも一切見えないのだが、この荒野を我が物顔で闊歩しているのはリャマやアルパカたち。野生のものや家畜化されたものなどの混血が進み、現地の人でもアルカパとリャマの見分けが難しいといわれるが、背の高いものや低いもの、毛の長いものや短いものなどいろんな彼らの姿を見かけることが出来る。

peru264.jpgこの荒野をどんどん進んでいくと、そこにはアメリカのアリゾナのような乾いた剥き出しの岸壁が迫り出す、厳しい日差しの大地が広がっていた。

どこもかしこも標高が高いために自分がいったいどのくらいの高さにいるのかは、息が苦しくなってくる感覚を思い出さないとわからないアンデス地帯だが、道程には5,821mのミスティ山や6,075mチャチャニ山の雄姿を覗くことができ、最高通過地点は富士山よりも高い4,800mもある。

peru266.jpg人はこういう高地に来るとなぜか石を積み上げて高さを具体化したくなるものなのか、日本の恐山やチベットなどと同じく、ここにもやはり辺り一帯には小石を積み上げた小さな塔がたくさん散見できた。

乾いた風が吹き抜けるだけの高地に、人の手を感じさせる人工的な小石の塔がパラパラと広がっている光景は、何処で見ても何かしら心が空っぽにされそうな虚無感を引き起こすものだ。

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コメント (4)

マナブ:

山に行くと必ず石が積み上げられているのを発見します。
いつも何か意味があるのかなぁ、と思うのですがひょっとして知ってますか?
僕はやったことがありません。
山に行くと体力的にも精神的にも意志を積み上げる余裕などないのです。

こんにちは^^
私も剣山に登った時、積み上げられた石を記憶しています。
何故でしょうね(笑)
で、ですね、、最近海で石を拾うことが好きです。
石の持つ力を感じてみたいと思っています。

このお写真の荒涼感は素晴らしくすごく好きです。

sushi:

マナブさんへ

 あれって、本当になんなんでしょうね。
いつも不思議に思うのですが理由は自分も知りません。

sushi:

海辺の石って、荒々しい大海を越えてきたとは思えない優しい懐の深さを持っていますよね。
その点、大陸の荒野の石って大地の力強さを感じます。

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2008年04月16日 23:39に投稿されたエントリーのページです。

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