Tobacco

〜 イギリスによるアメリカ植民地政策の成功を決定づけた要因 〜

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 現代アメリカを中核で動かしているといわれる人達に、東部出身のWASPといわれる人達がいる。 

しかしながら、去年のケネーディーJr.の飛行機事故における報道事件を見ればわかるように、その意味合いは徐々に崩れてきていると思われる。 

ちなみに本来、狭義の意味でのWASPにはイギリス系(アングロサクソン)でプロテスタントであるという条件が含まれていた。

ところがアメリカのアイドル的・擬似的王家のケネディー一家は、アイルランド系でカソリックなのだ。 

さらにはほとんどのネットワーク関係者はユダヤ系出身者で占められている、などなどその言葉の持つ響きは大きく変化しつつある。 

だが、だがである、能天気でお気楽アメリカ人の多くは、宇宙人でも英語でしゃべると信じて疑わないのである・・・!?

 さて、WASPの語源や、現在アメリカ合衆国国民の70%が使用しているといわれるこの英語の故郷であり、アメリカ合衆国に多大な影響を与えて続けてきたこのイギリスという国家が、どうして北米植民地政策において他の国よりも一歩抜きん出ることが出来たのか。

その答えのひとつが、この”Tobacco”(タバコ)である。  

 イギリスは、1607年に北米初の植民地となるヴァージニア(Virginia州の語源はVirgin State)植民地を建設した。 

このヴァージニアにおける植民地政策は困難を極めたが、最終的にはスペイン・ポルトガルの様な略奪の為の植民では無く、先住民排除型の農業植民地政策を取った事が、成功の最大の原因であったと思われる。 この時の農業産物の目玉がタバコというわけである。 

加えていえば、フランスなどもこれと似たような政策を取ろうとしてはいたのだが、現実問題として本国がハプスブルグ家との騒動の渦中にあり、なおかつ大陸国家ゆえの陸軍主体型の軍隊形式が、海軍主体型のイギリス軍に比べて海外での植民地攻防戦に於いては不利だった事などが、敗退の原因に挙げられる。

結果として、アメリカ合衆国建国以前における北米の大部分はイギリスが主導権を握っていくこととなる。

 次にヴァージニアの目玉商品として、イギリスの北米植民地政策を大きく発展させたタバコとそれにまつわる人物、およびその逸話を紹介する。

その1 : ウォルター・ローリー

 ヴァージニア植民地は、エリザベス1世の時代にウォルター・ローリーが計画したものの彼女の在位中には実現せず、ステュワート朝のジェームズ1世の時代に完成した。 

このローリーという人物は、凋落した名家の出で、デヴォンシアの海岸あたりで幼少時代を送っている。

その後、長じて万能に才能を示し、詩文にも名を残しているが、ルネッサンス期の天才に漏れず、とくに海洋への愛は並々ならぬものがあり、これは、彼の一生の運命を支配した情熱である。 この事が、後のヴァージニア植民への布石となるのだが。

 またローリーは、当時まだめずらしかったタバコを宮廷に広め、ヴァージニア植民地での目玉商品に育て上げる基礎も築いている。 では彼はなぜタバコを知ったのか?

この頃、丁度ヴァージニア開拓に失敗し、たまたま当地に立ち寄ったフランシス・ドレイクの艦隊に分乗して本国に引きあげてきたイギリスの移民たちが、アメリカ・インディアンから教わった喫煙の習慣を故国に持ち帰った。 ところが、これは野蛮人の真似だというので、最初は猛烈に攻撃された。

どうやら、これをいち早く知り宮廷に持ち込み、さらには流行させたのがローリーということらしい。 (ちなみに、はじめてタバコをヨーロッパへ運んできたのは、フランス人のジャン・ニコ:ニコチンの名前の由来、という事になっている。)

 ローリーが、宮廷にタバコを持ち込んだ当初は、そのもの珍しさから様々な笑い話が残されている。

例えば、こんな話がある。 あるときローリーがひそかに書斎で一服していると、主人付きの従僕がビールを大コップに注いで、彼のもとへやってきた。 主人はパイプをくわえて本を読んでいるのだが、よく見るとその口からは濛々と白煙が立ちのぼっているではないか!!。 肝をつぶした従僕は、咄嗟に手にしたビールをざぶりと主人の顔に浴びせかけ、ころげるように二階を駆け下りて、「大変だ、旦那さまが火事だぞ。 早く行かんと灰になってしまう」と怒鳴ったというのである。

また、こんな話もある。 ある日、ローリーが例のごとく女王に向ってタバコの効用を述べ立てているうち、調子に乗って、こんな法螺を吹きはじめた。 自分はタバコのことなら何でも知っている、タバコの煙の重さだって計ることができる、と。 女王は笑って「馬鹿なことを」、それに対してローリーは「どういたしまして馬鹿なことではございません」と澄まして答える。 それでは賭をしようということになり、テーブルの上に金貨が積まれた。

一同固唾をのんで見守るうちに、ローリは一定量のタバコをつまんでバイブにつめ、うまそうに喫い終り、残った灰を天秤にかけた。「お分りでございましょう。始めの重さから灰の重さを差し引いたものが、これすなわち煙の重さでございます…」

 その2 : ポカホンタス

 ディズニーの「ポカホンタス」という映画をご存知だろうか。 この映画の主人公ポカホンタスもまた、ヴァージニアン・インディアンの出身であり、後にタバコ農場主の妻となっている。

 映画のラストでは、傷ついたジョン・スミスはイギリスに帰り、ポカホンタスはアメリカに残って美しいラブロマンスが完結する・・・。 のだが、現実は映画のようには終わらない。 その後ポカホンタスはアメリカ人に誘拐され、植民地で暮らすうちにやがてタバコ農園主と結婚して、キリスト教に改宗。 さらに、ロンドンに渡り「酋長の娘」として社交界の花形になるが、環境の変化が災いしてか、一年ほどで健康を害して死亡している。 ちなみにジョン・スミスと出会って恋に落ちた(とされる)当時の彼女は12歳ぐらいで、亡くなった時はまだ20歳を過ぎたばかりである。

 実在のジョン・スミスが執筆した『ヴァージニア総史』によれば、パウハタン族に処刑される寸前だった彼を、酋長パウハタンのポカホンタンスが身を呈して救うという事件は一応あったらしい(ただし、歴史家の多くはその真実性を疑問視している)。

 後日談として、パウハタン族の土地から金はとれなかったが、輸出農業としてタバコが大ヒット、植民者にタバコ成金が続出する。タバコ農園建設のために土地を荒らす白人に業を煮やしたパウハタン族はついに武装蜂起して植民地を襲うが、逆にみな殺しにされてしまう……。

 その3 : エドガー・アラン・ポー

  みなさんも一度は名探偵オーギュスト・デュパンの活躍する「モルグ街の殺人」「黄金虫」や「黒猫」などを一度は手にされたことがあるだろう。 

これらは全てエドガー・アラン・ポーの作によるものであり、世界文学史上に特異な地位を占め、フランス象徴主義文学を初め、世界文学に与えた影響の大きさではアメリカの作家中屈指とされている。 また日本の怪奇・幻想/推理小説家、江戸川乱歩は、この人物にちなむペンネームである。

 このエドガー・アラン・ポーもまた、ヴァージニアとタバコに深く関わった人生を送っている。

 ボストンで旅役者を両親に生まれ、2歳で孤児となり、リッチモンドのタバコ商アランの養子となった。 養父母とイギリスに渡り教育を受け、帰国後にヴァージニア大学に入学したが、賭博に身をもちくずして中途退学、養父母とも別れた。 軍務についたのち陸軍士官学校に入学、優秀な成績であったが、規律に反発して退学処分を受けた。 

これより先、詩集や小説を発表していたが「瓶の中からの手記」が賞金を得て、ようやく作家への道が開けた。 それを機に14歳の従姉妹と結婚、飲酒癖と誇大妄想に取りつかれた放浪と貧困の生活ながら、妻との間にかりそめの幸福を築く。 妻の死後は放埒に日を暮らして短い生涯を閉じた。

 以上の話しで、如何にヴァージニアとタバコが深い繋がりを持っているかがご理解いただけたと思うが、愛煙家の為に耳寄りな情報を一つ。

葉巻の世界では、ハバナ産のシガレットが最高とされているが、これと同じくタバコの世界ではヴァージニア産の物が最高とされている。

特徴としては、そのほんのりと甘い香喫味と深い味わいが良く知られている。

日本でそれをぜひ味わいたい方には、「ヴァージニア・スリムス」「ピース」「ミニスター」などがあるので、ぜひご賞味を。

ちなみにタバコという名の由来は、南米のグアラニ族の言葉である「タボカ」が、スペイン・ポルトガルへ渡り「タバコ」へと変化したものらしい。

 

 * このページの写真は、リッチモンド市内中心部の小高い丘を下った所にある、大きなタバコ工場を撮ったものである。 その横手には、現在でもアランポーの旧居がひっそりと残されている。 

が、1999年公開版のアカデミー賞にもノミネートされた、タバコの害についての内部告白映画「インサイダー」に象徴されるように、タバコ業界も年々その肩身が狭くなりつつある。 それを反映してかどうかこの地域は非常に危険で、年に300人以上の人が殺されるというとんでもない所である。 

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