Rich and Poor
〜 いまだに根強く残る差別と貧困 〜

アメリカには1985年のロナルド・レーガン大統領提唱による”マーティン・ルーサー・キング・デイ”という祝日が存在するのだが、なんとこの日がヴァージニアでは”リー・ジャクソン・キングス・デイ”になってしまっている。
これはではなんともはや本末転倒な話しで、本来奴隷解放指導者を祝うはずの日が、奴隷擁護の側に立って戦った英雄の日に摩り替わってしまっているのだ!!
当然、これを穏やかにおとなしく黙って見てはいられない人達というものが、この世の中には存在する。
事実、去年(1999)のこの日、リッチモンド市内のリバーサイド・ストリートと呼ばれる水際公園にあるリー将軍のウォールアートに火がかけられるという事件が起こった。
即、翌日には南軍の兵士達の子孫が”まことに遺憾である”という声明を発表した。 それに対する人権擁護団体側の返答として、来年からはこの祝日をきちんと2つ別々の物に分けようという提案がなされた。
しかしながら、今度はじゃあ誰がこの日から立ち退くのか?という新たな問題が発生しているという。
またこの事件を機に近頃市民の議論の種になっているのが、リッチモンドにはやたらとモニュメントが多すぎるという物である。
確かに指摘されてみるまでも無く、この街にはモニュメントが至る所にひしめいている。
それも非常に偏ったもので、とにかく南軍の側に立って戦った人達の物ばかりが目立つ。 数多くのストリート、橋、銅像。 これらを維持するのだけでもいったいどれくらいの資金が必要なのだろうか?
現実の市民の生活の間には、皮肉にもこの英雄達が守ろうとした制度である”奴隷制度”がいまでも生きづいているかの様に、その貧富の差は激しい。
例えば建前上はこの国から差別は無くなったはずであるが、ここリッチモンド市内では誰の目にも明らかな人種別の住み分けが存在する。
私の住んでいる市の西側ではほとんど黒人の姿を見かけることさえないのだが、これが東側になるとほぼ9割方黒人の住民となってしまうのである。
市の東側と西側では住んでいる人種が違うということと共に、建っている家も明らかに違う世界のものである。
東側では窓ガラスを交換することすらままならずにベニヤ板を張り付けた家や、弾痕のようなものが見受けられる家などが目立つのに比べて、西側では門から中をうかがうことすら出来ない豪邸が奥まって森の中に陣取っているのである。 もちろん彼らの家はプール付で、馬が庭で走り回っているという光景が当然のように広がっている事は言うまでも無い。
最後に、気になる上記のリバーサイド・ストリートにあるウォールアートの件であるが、あの事件の後、こともあろうに毎日つきっきりのポリスがパトカーと共に新しく掲げなおされたリー将軍を守りつづけている。
まったく、ここ南部では日本人が抱くアメリカの自由平等の理想は、経済やその他諸々の感覚を含めて全て何処かへ吹っ飛んでしまうのである・・・。
* このページの写真は、西側に建つ中流家庭の家と、東側に建つ中流家庭の家である。 もちろん東側の方は、接ぎ張りだらけの家である。
時くしくも同じくして、つい先日、無実の一般黒人市民が、警官4人に41発も弾丸を撃ちこまれて死亡した事件が、NYCにおいて無実と判決付けられた。 この事からもわかるように、アメリカにはまだまだ差別や貧困の差が存在する。 それが、ここ南部では伝統的に色濃く引き継がれ続けている節があると思われる。